2001年の話題

2001年の話題

秋祭り

今年も10月7日に三輪神社の秋祭りが行われました。
今年は隣町三田との交流会や神楽保存会の女性会員の登場等、今までには無い新しい動きがいろいろあり、例年になく盛り上がったのではないでしょうか?

そのような中、今回秋祭りで起こったことを、それぞれ違った視点で振り返ってみたいと思います。

神楽保存会の秋祭り

今年の神楽保存会は三輪の秋祭りの他にも、有馬の湯泉神社での神楽奉納や三田との交流会など、非常に多彩な秋祭りになりました。その時の様子をお伝えします。

例年、神楽保存会では、秋祭りにおいて、町廻りと三輪神社での神楽の奉納が主行事なのですが、今年はこれらに加え湯泉神社での神楽奉納と三輪と三田地区との秋祭り交流会という2つのイベントが加わり,大変多彩な秋祭りとなりました。

9月29日、有馬温泉の湯泉神社において神楽の奉納をいたしました。これは今年、湯泉神社において、遷座120年奉祝大祭が行われるに当たり、湯泉神社と関連の深い、三輪の神楽を奉納をしてほしいとの依頼から実現したものです。湯泉神社は起源をたどれば三輪神社の分社との言い伝えがあり、三輪神社は文和年間に大和の国の出身である松山弾正なる人物が大神神社をこの地に勧請したのが始まりといわれています。

また、今年度の夏祭りより歴史ある神楽保存会で初めて女性が誕生しました。神楽保存会では常時入会を募集しております。これを機に女性の方の入会も神楽に興味を持ってもらい神楽保存会の一員になってもらえればと考えております。もし、祭りに興味のある方がおられましたら、是非,神楽保存会に入会をお願いします。

10月6日(三輪神社・秋祭り宵宮)には三田地区と秋祭り交流会が行われました。これに至った経過は三輪、三田両地区とも秋祭りに参加しやすいように秋祭りの開催日を日曜日に変更したところ、今年は両地区の秋祭りが両方とも10月7日に行われることになったため実現したものです。(三輪は体育の日の前日、三田は第一日曜日が秋祭りの開催日)三輪・三田両地区の長い歴史のなかでも祭りの同日開催は初めてであり、「これも何かの縁」と開催が決まりました。当日、両地区の間を流れる武庫川の近くの本町において三輪、三田両地区の神楽とだんじりの競演が大勢の人々が見守る中、盛大に行われました。

青年団の秋祭り

今年の秋祭りを振り返って感じたことなのですが、現在青年団では6人の女性団員・団友が活躍していますが、秋祭りは男中心のため、彼女たちの活躍の場が少ないように感じます。彼女たちがどうすれば秋祭りを楽しんでもらえるかを青年団でもアイディアを出していきたいと考えています。

今まで青年団では秋祭りでは太鼓の担ぎ手をはじめとして、太鼓に乗る子供への指導や太鼓の組み立て、提灯行列から神楽奉納時の警備や見張り等を行ってきました。また、団員の半数以上が神楽保存会に加入していることもあり、今年は一歩踏み込んで神楽保存会の行事にも参加させてもらおうとことになりました。そこで、今年は神楽の笛に挑戦してみようということになり、青年団でも笛の練習会を行いました。最初は笛が鳴るまでに一苦労し、なり出すと今度は指の動きに苦労したりと、試行錯誤の連続でしたが、みんなそれぞれ上達し、町廻りには神楽の人たちとともに笛を吹いて廻ることができました。

秋祭りの前日では三田との交流会のために引きだんじりを本町まで送る役割を果たしました。祭り当日は朝より太鼓の組み立ての手伝いを行いました。今、現在では教えてもらいながらの作業ですが、いずれは青年団で組み立てられるようになればと思います。

その後、いよいよ祭りの本番となりました。まず青年団で円陣を組んで気合いを一発入れたところそれにつられてかあちこちで円陣を組む光景が見られました。青年団のメンバーは太鼓の担ぎ手のなかでも若手で元気があるため、とても目立つ存在だったようです。そんな中、新たな出会いもあったようで・・・(^o^)

夜は子供会の提灯行列の手伝いの後、神楽の奉納にて笛を吹きました。神楽の奉納は8つの舞があるためそのすべてをマスターするまでにはまだ至っていませんが、いずれはマスターしていきたいと思います。

初めての秋祭り

今年の秋祭りでは初めて参加した、あるいは今年から新しいことを始めれられたという方もおられるのではないでしょうか?そんな中、ホームページ作成委員として油谷佳明君(青年団)と森本文子さん(神楽保存会)に今年の秋祭りを振り返ってもらいました。

油谷佳明君

みなさんこんにちは(^^)v青年団の油谷です。昨年、初めて太鼓をがつがさしてもらい、今年で2度目の参加となりました。今年は、青年団の白井和弥団長に進められ、笛の練習をはじめました。

父親の影響で、小さいころからよく神楽の練習に連れて行ってもらっていたので、すごく笛や獅子舞に興味がありました。しかし、いざやり始めてみると、なかなか覚えられず、一通り覚えたつもりでも、人がやっているのを見ずに吹くと途中でつまってしまったり、息が途切れてしまったりしてしまい、なかなかうまく吹けませんでした。

そしていよいよ町廻りの日がやってき、今までの成果を出すときがやってきました。自分の中では、十分満足できる成果だったと思いました。僕は、その日獅子の後ろもやらしてもらい、初めてですごい体験をしました。いずれ神楽保存会に入り、毎年このようなことができればいいと思いました。

森本文子さん

仕事の都合で3月に大阪から三輪に引っ越してきました。速く三輪の地に馴染みたい、いろんな人と出会いたい、そんな気持ちがきっかけで足を踏み入れたのが男性ばかりの神楽の世界。男勝りの性格の私にとっては何の抵抗もなかったですし、神楽の皆さんも暖かく私の入会を歓迎してくれました。

初めての笛、初めての神楽、そして初めての祭り。正直言ってもっと小規模な祭りだと思っていました。ところがところが… 歴史を感じさせる壮大な神楽の舞、血湧き肉躍るだんじり、そして暖かく声をかけてくださる町の人々。大阪では味わったことのない感動の連続でした。祭りが終わってから会員の1人から一言「これで祭り馬鹿がまた一人増えたな。」 これをお読みいただいている女性の皆さん。一緒にまつり馬鹿になりませんか?

お餅つき

今年も大晦日から元旦にかけて、三輪会館横に於いて青年団で餅つきが行われました。その時の様子をお伝えします。

青年団のお餅つき

餅つきの様子

今年も2001年12月30日から今年の元旦にかけて三輪会館横で青年団による餅つき大会が行われました。これは毎年三輪神社に初詣に来られる方々に紅白餅とぜんざいを配るために行ってるものです。

この餅つきでは子供会の協力を得て、地元の子供達にも餅つきの体験とつきたての餅を試食してもらうことにしました。 みんな、重い杵に悪戦苦闘しながらも楽しそうについていました。つきたてのもちはぜんざいにして食べました。みんな自分が苦労してついた餅なんでおいしそうに食べていました。

準備のほうは29日より行いました。準備したもち米は5斗、ぜんざいのために準備した小豆は17㎏にのぼりました。 これらの材料を洗ったり研いだりするだけでも大変です。2001年の大晦日、午後11時半くらいより多くの人たちが三輪神社に向けて行列を作り始めました。 2002年へのカウントダウンは青年団の国森団員が盛大に行い大変盛り上がりました。

2002年を迎えたと同時に餅つき開始です。今年も初詣にこられた人たちに参加してもらいました。みなさん正月の思い出の一つになったのではないでしょうか?ついた餅はその場で丸めてぜんざいに入れて初詣に来られた方に配りました。このぜんざいは大好評で、作るのが追いつかないくらいでした。

毎年、三輪神社には大変多くの人たちが初詣にこられます。去年は餅の量が足りなかったので、今年はつく餅の量を増やし、約500人分の紅白餅を用意したのですが、30分ぐらいでなくなってしまいました。餅をお渡しできなかったみなさん、申し訳ございませんでした。

午前2時くらいになると初詣にこられる人たちも途絶えてきたので、青年団団員一同で三輪神社に初詣に行きました。新しい年を迎え、団員各自、新しい目標に向かって頑張っていきたいと感じています。