
三輪の神様
三輪の地は、弥生時代より米作りが盛んにおこなわれ、暮らしやすい里でした。ここは、広い土地が武庫川沿いにあり、山すそに向かってゆるやかな傾斜があるため、水害 が少なかったのです。あるとき、大和(奈良)の人々がこの地に移り住み、三輪 の神様をまつり始めました。そして、神様のご加護を受け ておだやかに暮らしておりました。三輪の神様はたいそう仲のいい夫婦の神様だったそうです。人々が汗をかきながら米作りをする様子を毎日見守っておられました。
ある時のこと、男神様は三輪の周りの土地以外はほとんど知らないことに気が付きました。そこで遠くを見はらすと、東山のふもとの下あたりに、もう一人別の神様が おられるのが見えたのです。すぐさま大道坂を越え、その神様のもとへ行ってみました。すると、香下の神様はとても見目麗しい女神様でした。女神様は、にっこりとほほえみながら言いました。
「初めてお会いします。このあたりは、とてものどかですばらしいところです。あなたが守られている土地はいかがですか。」
男神様は大和から移ってきてからはじめてほかの神様と言葉を交わしたのです。そして、香下の女神様の美しさにすっかり心を奪われてしまいました。それからというもの、男神様は香下の神様のもとへたびたび通うようになりました。
三輪の女神様は男神様の様子を見て、大変怒りました。
「この地をあなたとともに見守っていこうと思っておりましたが、もう我慢ができません。」
と言って、三輪の社を飛 び出しました。そして、女神様は目立たないように、みすぼらしい病人に姿を変え、湯山(有馬)の方に向かってとぼとぼと歩いていきました。その姿を見た人々は女神様を避けて通り過ぎ、だれひとり声をかける者はいませんでした。そこへ、行基という一人の僧が病人姿の女神様に近づいて来ました。そして
「どこへ行かれるのですか。」
と、声をかけました。
「わたしは全身に悪いできものがあります。これより南の湯山の山あいに出湯があるそうです。どうかそこへ私を連れて行って下さいませんか。」
「わかりました。でも、その身体で歩いていくのは苦しいでしょう。私がおぶってさし上げましょう。」
そう言って、 行基は病人を背におぶって歩き出しました。
言われたとおり湯山に連れて行き、湯に入れました。そうすると女神様は、
「体のできものがうんで(化膿して)、かゆくてたまりません。どうか、手当てしてくださいませんか。」
と言いました。すると行基は
「わかりました。手当ていたしましょう。」
と、言い、ためらうことなく、体中の膿を口で吸いとって取り除いてやりました。すると、どうしたことでしょう。さきほどの病人は、たちまち金色の薬師如来の姿となって輝きはじめました。その薬師如来は、三輪の女神様のもう一つのお姿だったのです。
「あなたのやさしい心持ちで私は救われました。この地を見守ることでこの恩を返しましょう。」
こうして、三輪の女神様は湯山の湯を守り、病人を助け温泉神社の神様となったのです。 行基は神様のお力になれたことに感激し、すぐに如法経を写経し、泉底に埋めました。さらに、等身大の薬師の尊像を刻み、山麓にお堂を建てて安置しました。これが、現在の薬師堂です。こうして、神様がたはそれぞれの地で人々の暮らしを見 守り続けておられるのです。

