大蛇にお礼として踊った波宇也踊り

大蛇だいじゃにお礼として踊った波宇也踊りはうやおどり

そのむかし徒党ととうを組んだ賊徒ぞくとが三輪神社の宝物たからものを盗もうとして本殿ほんでんとびらをあけたところ、白い大蛇だいじゃが大きな口をあけ、今にもびかかろうとしていました。おどろいた賊徒ぞくと退散たいさんし、その後出没しゅつぼつしなくなりました。そこで、村人達は白い大蛇だいじゃにお礼として、蛇の好物こうぶつであるかえるの飛ぶ型を取り入れた踊りを夜にったことが波宇也踊りはうやおどりのはじまり、と言い伝えられています。

しかし、その起源きげん不詳ふしょうです。道具箱どうぐばこ裏蓋うらぶらに「文政ぶんせい八年(一八二五)調達ちょうたつ」としるされており、江戸時代後期に今の踊りが完成かんせいしたものと思われます。波宇也踊りは田楽でんがく基礎きそとした古典的こてんてきな要素が多く、素朴そぼく伝統芸能でんとうげいのうです。他に例の少ない行事ぎょうじであることより、平成九年に三田市の無形民俗文化財むけいみんぞくぶんかざい指定していされました。